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宮城県築館町の心療内科の情報が登録されていません。

岩手県奥州市江刺区〜えさし藤原の郷〜後編 藤原清衡時代(清衡館・豊田館) 藤原経清の息子、奥州藤原氏初代・清衡が、後三年の役で異父弟である清原家衡の攻撃を受けて、妻子共々焼失させられた、豊田館を再建したものです。清衡は、平泉に移り住むまで、このような住居で過ごしたと考えられています。南向きの寝殿(主屋)を中心に、東・西・北の3棟の対屋(副屋)を廊下で結ぶ構成になっています。 清衡館 【寝殿&東の対】 清衡館 【西の対(左奥)&寝殿】 寝殿内部 寝殿後の建築群 【北の対より】 清衡館 【宿直(左)&馬屋(場舎) 】 控えの武士がいる場所と、馬を飼育している場所です。 南門 藤原秀衡時代(伽羅御所) 奥州藤原氏三代の秀衡の居館であった伽羅御所を想定しています。平安時代の華麗さを良く伝える寝殿造様式であり、建物は寝殿を中心に対屋、中門(ちゅうもん)、釣殿(つりどの)、蔵人所(くろうどどころ)、料理所、侍廊(さむらいろう)をそれぞれ廊下でつなぐ形で配置。庭園も整備され、非常に美しい雰囲気です。なお、伽羅御所は平泉にあったと考えられています
[雑感] 新潟県山古志村の天然ダム 美しい棚田が広がっていた新潟県山古志村(現・新潟県長岡市)は、2004年10月23日の新潟県中越地震で壊滅的な打撃を受けました。 土砂崩れや地滑りで流れ出た土が「天然ダム」を作り、川や沢の流れを遮って、たまった水に住宅が水没する被害も出ました。写真は2004年11月上旬撮影です。 急斜面の多い山間部が強い地震に襲われると、あちこちでこういうことが起きます。 京都府亀岡市の新興住宅地「茨木台ニュータウン」「北摂ローズタウン」「北摂バードタウン」は、いずれも京都府と大阪府の府境付近の山頂にあります。もし地震が起きたら、仮にニュータウンそのものは無事でも、山を降りる狭い道路が土砂崩れや地滑りで通行不能になったり、水没したりする恐れがあります。 関連記事 北摂のニュータウン考 茨木台ニュータウン 北摂ローズタウン 北摂バードタウン 北大阪オネポリス 西宮市仁川の地滑り現場 宮城県築館町の地滑り現場 新潟県山古志村の地滑り現場 棚田の上のニュータウン ニュータウンの下の棚田
[雑感] ニュータウンの下の棚田 ■[雑感] ニュータウンの下の棚田 3月末の写真なので田んぼに水がありませんが、これから田植えの季節になると、さぞ美しいことでしょう。 京都府と大阪府の府境、京都府亀岡市の山頂に広がる新興住宅地「茨木台ニュータウン」から、京都府側に降りていくと、この美しい風景をじっくりと楽しむことができます。 今まで掲載した写真では、茨木台ニュータウン(コチラ)から雁松の住宅地前(コチラ)へ降り、さらに山を降りていくと今回の写真の地点、という流れです。住所でいうと、最初が京都府亀岡市東別院町鎌倉見立、次が東別院町鎌倉雁松、そして今回は東別院町鎌倉西垣内、となります。 この写真の背後にある山を登ると、山頂付近に茨木台ニュータウンがあるわけです。 関連記事 北摂のニュータウン考 茨木台ニュータウン 北摂ローズタウン 北摂バードタウン 北大阪オネポリス 西宮市仁川の地滑り現場 宮城県築館町の地滑り現場 新潟県山古志村の地滑り現場 棚田の上のニュータウン コメントを書く トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/dream9/2
[雑感] 棚田の上のニュータウン ■[雑感] 棚田の上のニュータウン 京都府と大阪府の府境の山中に広がる新興住宅地「茨木台ニュータウン」(京都府亀岡市東別院町鎌倉見立、193世帯529人)を、京都府側の山の中腹から見上げた写真です。 この写真の撮影場所付近を、ニュータウンから見下ろした写真はコチラに載せました。下から見ると、こんな感じなのです。 ここよりもっと下にある府道から、この地点に至るまでにも、斜面に広がる美しい棚田の風景を堪能できます。そして、ここから上にも棚田が続いています。 そしてなぜか、そのさらに上、山のてっぺんあたりに新興住宅地が広がっています。何か合成写真でも見ているような、とても奇妙な感覚です。 茨木台ニュータウンも、北摂ローズタウンも、北摂バードタウンも、山から下りる道は基本的に2本だけ。京都府側と大阪府側に、それぞれ1本ずつです。 地震やら豪雨やらで土砂崩れが起きて、両方のルートとも寸断される可能性もありそうです。もしそうなったら、住宅地全体が孤立してしまいます。電柱がなぎ倒されたら、住宅地全体が停電するかも知れません。 本当に余計なお世話ですが、いろい
[雑感] 新潟県山古志村の地滑り現場 ■[雑感] 新潟県山古志村の地滑り現場 2004年10月23日に発生した新潟県中越地震では、強い揺れが新潟県山古志村(現・新潟県長岡市)などの山間部を襲いました。その結果、やはり、大規模な地滑りがあちこちで発生しました。 写真は、中越地震の発生後10日ほどたった11月の上旬に撮影したものです。 山から滑り落ちた土砂は、数少ない生活道路を分断し、その結果、孤立してしまった集落もありました。土砂は川の流れもせき止め、水がたまって家屋が水没したりしました。当時、「天然ダム」という言葉で何度も報じられていましたね。 先日、京都府亀岡市の山間部にある新興住宅地群、「茨木台ニュータウン」「北摂ローズタウン」「北摂バードタウン」を訪ねた際、周辺に広がる棚田を見て、この山古志村を思い浮かべました。山古志村も、山の斜面に棚田が広がる美しい村でしたから。 私が見た限り、山古志村の棚田は、基本的に集落よりも標高の高い所にありました。集落は大抵、谷すじや斜面の下の道路に近い所にあって、裏山にあたる山の斜面に、頂上に向かって田んぼを作っていった、という印象でした。 これに対し
[雑感] 宮城県築館町の地滑り現場 ■[雑感] 宮城県築館町の地滑り現場 2003年5月23日に発生した宮城県沖地震でも、大規模な地滑りが起きました。 宮城県築館町(現・宮城県栗原市)の農村地帯で、斜面が幅約40メートル、長さ約200メートルにわたって崩れたのです。写真は、その現場を地震の1週間後に撮影したものです。 二次災害防止のため、崩れた部分のほぼ全体が、青いビニールシートで覆われています。土砂は写真の奥の山の上から手前の家を通り、さらにこの後ろ側の田んぼまで達していました。幸い、死傷者は出ませんでしたが、倒壊した家の中に人がいたら、危なかったと思われます。 その後の調査で、崩れ落ちた部分は以前、谷を埋め立てたところで、地下水が豊富だったことがわかりました。地震の揺れで盛土の下が液状化したため、その上に乗っていた表面の土が一気に流れ落ちたとみられています。専門家の間で「高速土砂流動」と呼ばれている現象だそうです。 京都府亀岡市の新興住宅地「茨木台ニュータウン」「北摂ローズタウン」「北摂バードタウン」は、いずれも尾根沿いの急斜面に広がっています。土を盛って、その上に家を建てた区画もありそ
[雑感] 西宮市仁川の地滑り現場 ■[雑感] 西宮市仁川の地滑り現場 京都府亀岡市の急斜面に広がる新興住宅地を見ると、その不便さだけでなく、土砂崩れや地すべりといった災害についても心配になります。 実際、「茨木台ニュータウン」から少し斜面を降りたところにある小規模な新興住宅地「雁松団地」(京都府亀岡市東別院町鎌倉雁松、13世帯34人)では、過去に土砂崩れが起きて建物が全壊する被害が出ています。 1999年6月28日の京都新聞の記事から。 ◆梅雨豪雨 被害相次ぐ 雁松自治会館が全壊 南側のり面土砂崩れ 27日午前7時ごろ、亀岡市東別院町の雁松団地南側ののり面が幅約20メートル、高さ約50メートルにわたって崩れ、のり面下にあった雁松自治会館(木造平屋建て約15平方メートル)が全壊した。民家に被害はなく、けが人もなかった。 全壊した建物が無人だったのは、不幸中の幸いです。前夜から豪雨が降り続いていて、亀岡市東別院町の26日午後9時から27日午後4時までの合計雨量は、約160ミリだったそうです。 土砂崩れや地滑りは、地震によって引き起こされることもあります。 1995年の阪神大震災
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